ちはやふるにみるエースの存在

信頼するということ――「ちはやふる2」

リンク記事を読んでいて、自分がハッとさせられたことがある。それは『エース』という単語だ。 元記事では制作スタッフも含めたエースへの提言を盛り込んでいるが、ここではちょっと見方をちはやふるの世界に限定してエースの世界にもう少し踏み込んでみたい。


スポーツの世界での団体競技に置いて一番盛り上がるのは『エース』の存在だ。例えば箱根駅伝は全10区の中、『花の2区』と呼ばれる各大学のエース級が揃う区間が存在する。エースとは実力もさる事ながら、チームとして進退極まった状態でいかにチームを引っ張り挙げることが出来るか?という言わば実力的な支柱と精神的な支柱を兼務することが出来る存在を個人的にはエースと考えている。実力だけあっても肝心な場面でメンタルが原因でチームに貢献できないのでは意味がないし、実力がないというのは論外である。エースとは主観的な存在でもなく、ある種の客観的な見地の集合体がエースを形作っていく。そのような経緯から誰かがなりたくてなれるような存在ではない、周囲が作り上げていくサクセスストーリーを具現化したのが『エース』なのだ。

2011年ドイツ女子W杯決勝、1-1の同点から相手FWワンバックに逆転弾を許し、残り時間も少ない中進退窮まったなでしこJAPAN。この時日本を救ったのは、なでしこのエースである澤選手だった。エースが一度は敗退を覚悟させたチームを引っ張り上げ、結果歓喜の優勝劇を手にした。 2012年ロンドンオリンピック。男子フルーレ団体戦準決勝ではドイツと対戦、最終ラウンドでドイツ2点リードで迎えた残り10秒から同点に追いつき、延長の末41-40で勝利した。この時逆転劇を演出したのは日本フェンシングのエースと呼ばれた太田雄貴選手だったのは記憶に新しい。 現実世界でのエースの活躍に我々は国を挙げて歓喜し、熱狂する。こうした『エース』という存在は現実でも架空であっても、常に誰かの心を鷲づかみにして放さない。エースはスペシャルなのだ。

ちはやふるに話を戻そう。現在瑞沢高校でこのエースの定義に当てはまる人はいるだろうか?と考えた時、一番その可能性を秘めているのが何を隠そう太一なのである。実力的に言えば一番は千早。しかし千早はメンタル調整に苦心する場面も多く、実力的な支柱にはなれても、精神的な支柱にはなりえていない。また良くも悪くもかるたの事しか頭になく、それが良い結果を生み出すことにも繋がってはいるが、逆に悪い結果へも転がり込むこともなくはない。個人戦でいえば千早は『エース』なのかもしれない。しかし団体戦個人戦でもあり個人戦団体戦でもあるとの言葉通り、個人戦だけの『エース』の定義がそのまま適用されるほど甘くは無い。

太一はかるたを続けることに他の部員とは比べ物にならない覚悟を背負っている。それは『学業成績で学年1位を採り続ける事』これを守れなければ彼はかるた部を辞めなくてはならない。机君でさえ、かるた部の活動を開始してから学業の成績が下がったのに対し、太一は一貫して成績首位を守り続けている。それは親との約束もあるのだろうが、太一の意地もあるのではと思う。他の部員はかるた部を辞めなければいけない要因は抱えていないが、太一に至っては常にその危険性を孕んでおり、それを感じさせない部長としての周囲への気遣いと千早に次ぐ実力を持っているのは驚くべき事である。全てを両立した上で周囲の信頼を獲得し、尚且つかるたへの更なる追求を止めようとしない。やりたいことをやる為に、やりたくない事も全力で頑張る、それを唯一実践している太一が瑞沢のエースに最も近い存在ではないかと思ったりする。西日本の若手のエースとして存在感を放つ新の存在も大きい。千早にとっての若宮しのぶがそうであるように、ライバルは自身を限りなく成長させる。瑞沢の精神的支柱から絶対的なエースへ向けて―かるただけに集中するのではなく、かるたに集中したいが為に、他事にも全力を尽くす。かるたを最も愛しているのは何を隠そう太一なのかもしれない。

前述したとおりエース候補は個人的には太一が一番手だが、他の部員が可能性が全く無いかと言われればそうではない。千早は周囲のアドバイスを迅速に取り入れる素直さがあるし、経験に裏打ちされた肉まん君も苦しい場面では勝利をものにする事も多く頼もしい。机君の分析はチームとしては凄く頼りになるし、歌の意味を大切にする、かるたの本質を誰よりも理解しているかなちゃんも決して侮れない。 誰もがエースになってもおかしくない、皆どんどん成長している。かつてスラムダンク安西先生が言っていた様に誰かの成長を見守るのは非常に楽しいことなのである。

わかりきった事だが、アニメちはやふる2は安定して面白い。原作を読んでいるからこそ分かるが、ここからのちはやふるは熱い展開のオンパレードで既に4話の時点でここまで来ているのだから制作陣のこれまでの仕事ぶりを考えるとこの先『面白くないわけが無い』。瑞沢高校は新入生を迎え、それまでの部員と共に新たな可能性を提示する。部長としての責任感を持った立場から太一が1人のエースとして巣立つ可能性を見せて来た東京都予選会。順当に考えればA級の千早と肉まん君がエースと呼ばれてもよい中、A級並みの実績を残しながら、個人優勝に手が届かないばかりにB級に甘んじている太一が個人としての自覚を見せはじめ、覚醒しつつある。新の存在や2年生として1年次より成長した姿を見せなくてはならないとも考えていそうな程、責任感溢れる部長の奮闘が今後化けるのか、期待外れに終わるのか。見所は満載である。

アニメという媒体を通じてだが、誰かの成長を見守る事が出来る。こんなに貴重で素晴らしい体験を出来る事を原作者、そしてアニメ制作者の方々に感謝したい。そして願わくば、我々視聴者の作り上げていく『エース』が是非出てきて欲しい。『ちはやふる』のターンはまだまだ始まったばかりだ。