高雄統子と関口可奈味

今注目の女性アニメーターとして『高雄統子』さんがいる。元々は京都アニメーション所属のアニメーターで、今ではフリーで活動している。 最近ではアニメ『THE IDOLM@STER』の総合演出を手掛けた。アイマスの演出はかなり評価が高いので、僕も一度ちゃんと見てみたいとは思っている。前日記で話せなかった関口可奈味さんと合わせてこの方も紹介したい。

この人は京都アニメーション時代に『CLANNAD』『CLANNAD 〜AFTER STORY〜』で共に18話で絵コンテを担当しているのだが CLANNADファンにとってはこの18話は物凄く大きい意味を持つ。そうこの18話はCLANNAD回では屈指の泣かせ回でもある。 ここでは無印の18話『逆転の秘策』についての高雄回を取り上げたい。

http://youtu.be/9eXlhDMeoBE

智代・藤林姉妹の朋也を取り合う場面は実は原作にはなかったものだ。この少し前の話からこういう水面下での朋也へのヒロイン達のアピール合戦が始まっており、アニメも終盤にさしかかろうとして矢先、一体この恋物語に朋也はどうケリをつけるのか?と思っていたところにこのシーンである。このシーンで一番印象深いのは渚の腕をつかもうとした所を朋也が無意識的に制した場面と全ての決着がついた事を自覚した椋に『ごめんね』と告げられた瞬間に秘めていた感情を抑えきれずに顔をくしゃくしゃにして泣き出す杏の場面。そして最後に天を仰ぎだす智代のラストカットが入る。この一連の演出を手掛けたのが『高雄統子』であった。eufoniusの『オーバー』に乗せられて紡ぎだされる一連の場面は未だに自分の中のベストシーンに入っている。何度も言うがこの展開は原作には無く、アニメオリジナルなのである。勿論脚本を褒めるべき点もあるが、こういう演出を女性アニメーターが手掛けたという辺り、色々考えると女の子の微妙な表情や行動を一連のシーンでよく捉えているのが分かる。

特に藤林姉妹が目を伏せていて智代の試合を見ていない所から、観客の『ワッ』という歓声と共に2人を現実に引き戻し、そこから渚の怪我を知って、朋也が渚を伴ってそのまま姉妹に気付かずに隣を過ぎていく一連のシーンは実に圧巻である(椋が朋也と渚が動くのに対して目線を移動させるのに対し、杏はショックからか二人の姿を目で追おうともしないのも実に細かい)視聴者はこれだけでもう藤林姉妹がこの朋也争奪戦から敗退したのを確信する。そして最後に2人の涙で顔をグシャグシャにするシーン。わずか3分の場面で朋也の恋愛に決着をつけ、視聴者に衝撃を与えた高雄統子恐るべしである。クラナドにおける高雄演出はこの他にもあるので、下の動画で紹介しておく。共通して言える事は高雄演出の凄さはキャラクターの心理描写を言葉ではなく、顔と体とカメラワークで表している事だ。特に椋と朋也が占いに興じてる姿を見つめる杏の顔がグッと来る。ここまで言葉を発せずともキャラクターが今どういう心境なのかをはっきり視聴者に分からせる人を僕は他に知らない。恐らくアイマスではこの部分をスケールアップさせて来ていると思うので、視聴が今から楽しみだったりする。

関口可奈味についてだが、僕個人がどうこういうより定評のあるサイトさんからの引用に任せる事にした。

true tearsからCANAANへ〜安藤真裕と関口可奈味の軌跡

ここのサイトで『tatsu2』さんが書くアニメの分析は驚くほど的確でまた分かりやすい。ツィッターでほんの少し意見交換させて頂いたくらいしか僅かな交流しか無いが、アニメの見方について教えてもらった師匠と勝手に思っている。関口可奈味というアニメーターに注目するきっかけになったのも、この人の影響が実に大きい。かなり有名な方なのだろうとは思うが、一応ちょろっと紹介だけはしておく。以後僕の文はtatsu2さんの文章に拠ったものとする。※(太字が引用)

true tears』においての関口可奈味の仕事ぶりは書かれている通りの事だ。その中でも屈指の名シーンと言われている10話から。

気になるのは、原画でどのパートを担当したか。判明しているのは以前少し取り上げたこともある10話の挿入歌パートと一人原画のEDのみ。一番重かったのは総作監でしょうけど、これは画面全体の動き・統一感、整えられたアップなどから感じ取るしかない。キャリアの浅い原画が多いと言われているけれど、「作画が良い」と言われた理由は総作監である関口さんの腕によるところが大きく、面倒を見てくれたと堀川憲司・安藤真裕が共通して語った通り(美術・撮影・音響の良さも)。そんな中で原画を担当したパートは素晴らしかった。

eufoniusの「そのままの僕で」が流され、最終回かのような盛り上がりを見せる10話のラストシーン。「TVでやる演出のレベルではないと思いました」とは本人の弁。女の子走りをしないで、という演出指示があったらしく、ガッツリ走る比呂美は劇中このシーンだけ。女の子走りではなく、なりふり構わず走ることで…って説明不要ですかね。表情、髪のなびきも心情を拾った芝居で秀逸。ドラマティックな場面の画面作りは苦労されたと思いますが、流石の仕事。このシーンでは涙がハート型になっているものがあって、ちょっと話題になってましたが。

比呂美が本気走りを披露している。元々運動神経抜群なので、フォームが妙に綺麗に見えるのもそのせいだろう。 eufoniusの『そのままの僕で』を使ったのも単にメロディーを雰囲気に合わせて使用しただけではなく、きちんと歌詞に基づいているのが分かる。比較するのもちょっとおかしいが、高雄演出に比べると、比呂美の涙は非常に抑えられているが、それでもキャラクターの心情を推し量る物として、この演出でも物足りないという事は全く感じない。考えられる点として、やっぱり顔の表情のストックが多いのだと思う。それを場面場面に合わせて選択する事が出来る能力を持ち、また展開によって修正して仕上げる事が出来るのだ。これが前に関口の強みとして上げた『物語とキャラのマッチング』だと僕はそう感じる。基本的な事だが、出来ている人が意外に少ない。たまに批判としてある、キャラクターに感情移入出来ないというのは、脚本の力もあるかもしれないがそれ以上に『アニメ』が『映像』として観るジャンルである以上、キャラクターの心情を真に推し量れるのは台詞ではなく、表情と仕草であり、それを受け持つのは紛れも無く作画なのである。また些細な事だがこの場面では2人の吐く息が白いというのもポイントだ。また、eufoniusの曲はクラナドでも感じた事だが、本当にこういう場面では強い。

特に美少女アニメの場合、目の意識をせずにデザインしている人は皆無でしょうが、要は親和性とバランス感覚の問題に尽きるのではなかろうか。頭身や世界観、色彩設計や美術まで含め、親和性を高められるかどうか、各要素をどれだけバランス良くキャラクターの中に浮かび上がらせるのか。その基点となっているのが目の意識ではないかと思う。アニメーションにおけるキャラデザ特有の動かすことが出来る、正面だけではなく背面も考慮されている、線の量が適当である、などは前提で。原案があるのならば、デザイン原案をどこまで活かせるのかも大事ですね。

そう、彼女の場合はバランス感覚が本当に素晴らしい。『true tears』の上田夢人、『CANAAN』の武内崇、『花咲くいろは』の岸田メル。実力は高いが、どれも個性的な絵を描く人で、これをアニメに落とし込むのは中々根気の要る作業だ。視聴者の目が肥えてきている今では、失敗すると『キャラクターデザインが崩れているのが気になる』と言われるのがオチである。アニメにおいてキャラは生命線だ。その生命線がマズイと、アニメの全体のバランスも崩れてしまう。絵を映像で動かすのは元があるとはいえ、やはり難しい作業であるのは間違いない。その点関口可奈味は、バランス感覚に優れているので、それを苦とせずに、アニメ絵として動かせる。またバランス感覚があるということはキャラの構図が凄く綺麗に引き出せるので、同じく綺麗な風景と合わせると、これまた綺麗に映えるのだ。P.A.WORKSを主戦場に置いているのも、背景モデリングに関しての技術が高いので、彼女の魅力が最大限に引き出せるというのも関係しているのではないかと思う。

さてそんな関口さんの新作『TARI TARI』がいよいよ7月から放送される。 P.A.WORKSお家芸の背景の美しさが見物ではあるが、関口さんの職人芸を堪能するのも、また一興ではないだろうか。