TARl TARIはピーエーワークスにとって挑戦だった?―美術監督・東地和生の視点から

TARI TARIの資料集を読んで書きたかった記事がこのピーエーワークス作品の美術を主に手掛ける東地和生さんについて。
とりあえず『誰?』という人向けへの簡単な仕事紹介(アニメwikiより引用)

東地和生

ストリートファイターZERO - THE ANIMATION -
美術監督 (2話 伊藤聖と共同)

RIDEBACK -ライドバック-
美術監督

Angel Beats!
美術監督

花咲くいろは
美術監督

TARI TARI
美術監督

東地さんに関してはその手腕も勿論だが、花咲くいろは等で取材したインタビューを読むうちに仕事に対する考え方が非常に気にいった人でもある。今自分の好きなクリエイターとして最も脂が乗っている人として、今回はこの人に注目して日記を書いてみたい。 下に紹介した2本の動画は東地さんが手掛けた背景。やっぱり綺麗(デジタル化が進んでいるというのもあるが・・・)

東地さんの手掛けた作品について共通に感じるのは光の演出が非常に巧い事。これは『Angel Beats!』の時から顕著だった。 そして『花咲くいろは』『TARI TARI』でも同様の演出を魅せる事で、今では光の演出は彼の十八番となっている。 特に『花咲くいろは』では喜翠荘の季節の移り変わりや光の差し込み方については東地さん入魂の『作品』となった。


しかしインタビューを読んで伝わってきたのは『入魂』したがゆえの絵描きとしての更なるチャレンジと迷走だった。 東地さんによると、当初の僕の予想とは全く違い『TARI TARI』は『花咲くいろは』とは全く違うコンセプトで美術演出をしたと語っている。 個人的には『TARI TARI』を鑑賞していて、特段従来の作品と変わった所があるとは思わなかったので、収録されているインタビューについては非常に興味深かった。以下インタビューを引用しながら、美術監督東地和生の視点からの『TARl TARI』を紐解いてみたい。

―これは絵描きの性ですね。達成感を得た作品の後は、やはり次のステップにいきたいし、別なアプローチも試してみたいと。 それもあって初期の美術ボードは『花咲くいろは』のときよりも情報量を少し整理した美術ボードにしたんですよ。

この美術ボードの情報量を整理したというのが、いろはと違う点で、情報量を少なくする事は、制限を少なくした、つまり自由にカスタムできる点を多くしたという事になる。そういう意味では情報を受け取る側(=監督等)はあらかじめ美術監督の注釈が多い美術ボードを好む(=方向性が固まっているので)のだと東地さんは語っている。その方が監督も動きやすいからだ。しかし今作ではそれを捨てて、主要な部分を押さえた上で東地さんは橋本監督に美術ボードを見せ、Okを貰った。しかし

―そこに関しては私も『ハッ』とした所があって。ある制作会社の方に『東地さんは違う背景・スタイルにしたいんだろうけど、東地さんに仕事を頼む人は花咲くいろはの背景を求めていますよ』と言われまして確かにその通りで、自分がそれまでと違う背景を求めようとするのはエゴだなあと思ったんです。

花咲くいろは』は確かに成功したが、それはそれで次のステップに進みたいと考えており いろはとは全く違う方向性で美術ボードを描いていたが、指摘を経て、東地さんは『TARI TARI』の美術コンセプトをいろはと同じように描こうとしていた。所がその途端スランプに陥り、自分の思う通りに美術ボードが描けなくなってしまったと告白する。ところが

―そこではたと気付いたのが『TARl TARI』の音の力だったんです。映像と背景の粗ばかりが気になっていたのですが 音の入った映像を観たら、今まで感じた事のない空気感、生き生きとしたキャラクターがそこにあったんです。 これまでは絵描きとしての立場から、作品における化学反応を感じてきたんですが、『TARI TARI』は音の化学反応が起こっていたんだなあと。 そこに気づいて初めて、橋本監督のやりたい事。この空気感を出す為に、地に足の着いた絵が必要だったんだなと。

さて彼の光による演出で特徴的なのが、所謂『映りこみ』を作品の背景に使っている所。 この作品でも例に漏れず至る所でこの『映りこみ』が使われている。


音楽準備室で和奏が話している場面だが、後ろのホワイトボードに窓が映りこんでいるのが分かる。 この他にも体育館での場面でこの演出が見られるが、これは『花咲くいろは』の初期の頃から東地さんのこだわりとして使われているものだった。 『花咲くいろは』初期では東地さんが指示をしていたのだが、終盤辺りからスタッフも分かってきたのか、映りこみに関しては特に指定をしなくてもやってくれるようになったと言っていた。

ただ『花咲くいろは』では光の演出をほぼ現実世界と一緒にする方向性だったが

―『花咲くいろは』では光の方向は現実とほぼ同じなんです。ちゃんと東西南北が設定されていて、時間帯によって移り変わる光の方向もその通りに描かれている。でも『TARI TARI』はそれを無視している部分があります。これは監督からも言われた事ですが、本来こちらから光は差さないけれど、差した方が格好いい絵の時は入れましょうと。

―実在の場所はある程度合わせていますが、音楽準備室は嘘(笑)。あそこは朝しか陽に当たらない場所にあるんです。 でも彼らが活躍するのは放課後じゃないですか。tanuさんが描かれた、来夏が音楽準備室で歌っているキービジュアルも夕陽が差していたので じゃあ、差す事にしようじゃないかと。そういう、画面を気持ちよくする嘘は結構ついていますね。

そして制作ラインの辻充仁さんも今までとは違う美術の生かし方について説明している。

―よくうちの作品は『背景見せ』という引きの絵で捉えたカットが多用されるんですが 実際橋本監督から上がってくる絵コンテも、今回は東地さんという事で引きが多かったです。 そこであえてキャラクターを目立たせるカットを意識して『女の子の顔のアップを増やしてください』と何度かお願いしました(笑) その意味ではピーエーワークスに新しい方向性を提示した作品であり、観てくださっている方には新鮮に映るのではないかと思います。


ピーエーワークスと言えば『背景』なのだけれど、今作に至っては逆に背景重視のカットを削る事で キャラクターのアップを増やしたことが説明されている。新鮮に受け止めるという意味は勿論あるけれども 顔のアップを増やした理由については個人的には話数の関係もあって、短い段階で世界観の構築を視聴者に印象付ける点もあったのではないかと考えもする。

余談ではあるが、橋本監督自体も監督業はおろか脚本すらほとんど書いたことのない人だった。 途中から橋本監督と脚本業を担当している佐藤利香さんという人がいる。実はこの方ずーっと作画畑で、スタッフの内輪企画で文章が上手だったのでそこから引っ張ってきたという逸話がある。中盤になってベテラン脚本家の横手美智子さんが合流したが、それでも危ない船出ではあったそうだ。

―アニメーション制作はまさにそのチームワークが大切。背景スタッフさんは毎回いい仕事をしてくれましたし 最後の最後まで『ここはこうした方がいいんじゃないか』と手間を惜しまないんです。 皆さんの作品に対する情熱にこちらは本当に助けられました。 作品というのは本当に『生き物』なんですよ。その生気がいいスタッフを呼ぶんだろうなと。

最後東地さんがこう締めくくっているが、他のスタッフでも似たような発言が見られたりもした。 スタッフがお互いに信頼しあい結果的に良い作品となった『TARI TARI』 スタッフのインタビューを熟読してから視聴する本作品はきっと違う感想を持つに違いない。